2006年04月19日

Seabiscuit

seabiscuit_poster2.jpg

2003年の作品で、ちょっと古いんですが、友人がエキストラとして、出演しているとのことで、観てみました。
1秒くらい、友人が画面いっぱいに出てました(´ ▽`).。o○ すごいじゃんw

舞台となったサンタアニタ競馬場。実はこの競馬場のすぐ近くに、私は住んでいます(^^・・・とはいえ、一度も行ったことはありませんヽ( ´ー`)ノ
撮影が地元ということもあり、観ていると知っている場所が満載♪
そういう意味では、実に観てて楽しい映画でした。

映画自体は、アメリカ大恐慌時代という設定も手伝って、実にハリウッド好みな仕上がり。
夢も希望もなくなった時代に、一頭の競走馬に夢を託す。しかし、馬も騎手も怪我で再起不能となってしまう。。。

「ちょっとの怪我で、命あるものを殺すことはないさ」
一度の間違いや失敗で、見捨てはいけない。

人間に置き換えたら、そんなメッセージが込められてるのかもヽ( ´ー`)ノ

満足度:★★★★☆


邦題「シービスケット」
1910年、夢と希望を抱いてニューヨークからサンフランシスコにやって来たチャールズ・ハワードは、「世紀の発明品」自動車の将来性に目をつけた。

数年後、その人目を惹く容貌と巧みな話術を武器に、ハワードは西海岸で最も成功した自動車ディーラーとして莫大な富を手に入れていた。

ところが、ハワードの栄華も長くは続かなかった。最愛の息子フランキーを15歳の若さで、皮肉にも自動車事故で亡くした彼は、失意のどん底に陥り、仕事にも身が入らなくなる。ほどなく妻のファニーもハワードのもとを去っていった。

その頃、孤高のカウボーイ、トム・スミスは、折からの自動車産業の発展によって、馬の需要がめっきり減り、まるで時代遅れの生きた遺物さながらだった。
こうして、スミスは食いぶちを稼ぐため、西部劇「ワイルド・ワイルド・ショー」の馬の調教師として、各地を転々と旅することになる。

一方、カナダのアルバータ州では、16歳の少年ジョニー・ボラードが、乗馬の才能を磨いていた。アイルランド移民の一家に生まれ育ったジョニーは、両親の愛に恵まれ、文学に親しみながら、何不自由なく暮らしていた。1929年10月までは・・・・・・。

その日、ニューヨークのウォール街で株が大暴落、アメリカ大恐慌時代の幕開けである。ボラードの一家も例外ではなかった。無一文となった両親は、ジョニーの乗馬の才能に将来の夢を賭け、草競馬の世界に愛息を託す。天涯孤独の身となったポラードは、その赤毛から愛称「レッド」と呼ばれ、文学を唯一の心の支えに、競馬の騎手として身を立ててゆく。

6年後、レッドは騎手としてはいささか大柄な青年に成長していた。馬上で騎手が殴りあう、格闘技にも等しい過酷な地方競馬のレースで、彼が手にする賞金はごくわずか。仕方なく、アマチュア・ボクシングの試合に出て生活費を稼ぐレッドだが、実はこの時代に右目をひどく負傷していしまい、やがて騎手としては致命的な失明の危機が訪れるとは、彼自身予測すらしていなかった。

1933年、時は禁酒法した、多くの人々がメキシコのティファナに、ひと時の歓楽を求めて押しかけていた。酒、女そして競馬。ハワードもそんな男のひとりだった。
いわば、離婚の「気晴らし」旅行で、彼はひとりの女性と運命的な出会いをする。マーセラ・ザバラと名乗る若くて美しく、何より快活な彼女は、たちまちハワードの心をとらえ、ふたりは電撃的に結婚。そして、乗馬の愛好家であるマーセラの影響もあって、やがてハワードは競馬の世界に身を投じてゆく。

そんなある夜、ハワードは森でひとり、骨折した馬を黙々と治療しているスミスを見かける。
「怪我したからといって、命あるものを殺すことはない」と呟く彼に感銘を覚えたハワードは、折から探していた馬の調教師として、スミスを雇うことにする。

3ヶ月後、ニューヨークのサラトガ競馬場で、スミスは「シービスケット」と呼ばれる鹿毛の馬の目に、言い知れぬ資質が潜んでいることを見抜いた。名馬「マンノウォー」の子孫という、優れた血統の持ち主だが、気性の荒いこの小柄な馬は、数多くの調教師からさじを投げられ、いまや見捨てられたも同然の存在だった。
しかし、スミスは、ハワードにシービスケットを購入するように勧める。

果たして、スミスでさえも手を焼く暴れ馬、シービスケットを「もう一度"馬"に戻すため」スミスが目を留めた騎手は、競馬場でまさに"暴れ馬”さながら大喧嘩をしていたレッドだった。

レッドは、怠け癖のあったこのサラブレットから瞬時に、名馬の血を受け継ぐに相応しい記録的な走りを引き出した。いまだ困窮に苦しむアメリカの庶民たちは、この小柄ながらも逆境に立ち向かうシービスケットの活躍に、時代のヒーローとして自らの境遇を重ね合わせ、熱狂的な歓迎ぶりをみせる。
事実、シービスケットが出走する各地の競馬場には収容しきれないほどの観客が集まったのだった。

シービスケットは連戦連勝、意気あがるハワードは旧知の仲であるサンタアニタ競馬場のオーナーを口説き落として、史上最高額の賞金10万ドルのレースを決行する。

果たして、レースはシービスケット優位のまま進んでいった。誰しもが、シービスケットの勝利を確信したその瞬間、レッドは右後方から迫ってきた馬の存在に気づかず、まんまとゴール前で逆転されてしまう。
実はその時、すでにレッドの右目の視力は失われていたのだ。

「裏切られた」と逆上するスミスを、ハワードはこう穏やかに慰める。
「ちょっとの怪我で、命あるものを殺すことはないさ」
名誉挽回の機会を窺うハワードは、東部の三冠馬として名馬の誉高い「ウォーアドミラル」との世紀のマッチレースを提案する。
競馬ファンも、この二頭の対決を心待ちにしていた。

しかし、ウォーアドミラルのオーナーで、大富豪リドル氏はなかなか首を縦に振らない。そこでハワードは世論の後押しを得るため、派手な全米横断ツアーに繰り出し、各地でこのレースの実現に熱弁を奮う。そして、リドル氏の条件をすべて受け入れたハワードは、11月1日、ビムリコ競馬場でのマッチレースを実現させた。

準備も万端に思えたそんなある日、突然暴れだした馬から落馬、あぶみに足を取られたまま暴走され、再起不能の重症を負ってしまう。
「レッド以外は騎乗させない」と、ハワードはやむなくレースを棄権しようとするが、レッドは親友の騎手「アイスマン」にシービスケットへの騎乗を依頼する。
快く彼の願いに応じたアイスマンに、レッドはシービスケットのレースの癖を事細かに伝授、マッチレースで見事、勝利を収めるのだった。

しかし、レッドは「歩けるが二度と乗馬はできない」との診断を受け、一方のシービスケットも、数ヵ月後のあるレースの最中、脚の靱帯切断の事実が判明、引退を余儀なくされる。

が、彼らは諦めなかった。
レッドとシービスケットの奇跡にも似たカムバックへの戦いが幕を開けるのだった・・・・・・。
(公式サイトより)
posted by mika at 12:40| ロサンゼルス ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | レビュー (映画) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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